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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8098号 判決

(府中刑務所在監中)

原告

宇津木昭蔵

被告

右代表者

植木庚子郎

代理人

田嶋昭夫

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告)

一、被告は原告に対して五万円を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

(被告)

主文同旨の判決

第二  原告の主張

一  事故の発生および原告の損害

(一)  原告は、昭和四四年七月一〇日午後五時三〇分頃、身柄拘束中の被疑者として護送をうけるため、訴外関口陸揮巡査運転の警察車両(群馬八た〇一九二号、以下加害車という。)の後部左側の座席(長椅子)に、手錠をかけられたまま、訴外田代忠男巡査の看守の下に乗車していた。

(二)  ところが、群馬県館林市二二四三番地先路上において、進行中の加害車が急停止したため、原告は進行方向に投げ出され、背中を座席脇の鉄製パイプに打ちつけ、また手錠がねじれて、胸背部打撲、右手関節打撲捻挫の傷害を負つた。

(三)  右により原告は昭和四四年七月二七日から同月三〇日まで館林厚生病院に入院することを余儀なくされるなど精神的苦痛を受け、療養費、慰藉料として金五万円相当の損害を受けた。

二  責任原因

被告は次の理由により原告の右損害を賠償する責任がある。

(一)  自賠法三条の責任

加害車は事故当日、代用監獄である館林警察署留置場に勾留中の原告を、前橋地方検察庁太田支部における検察官の取調のために護送する用に供され、その帰途本件事故が発生したのである。

従つて被告は当時加害車を自己のため運行の用に供していたものとして、自賠法三条の責任がある。

(二)  国家賠償法一条、二条の責任

警察官が右護送の任にあたつているときは、当該職務の遂行は検察庁のために行つているのであるから、被告国の公権力の行使と解すべきところ、前記運転者関口巡査、看守者田代巡査は、後部座席下に鉄線、ワイヤーロープ、棒杭、丸太棒、麻繩等を積載したままの不安定な状況のところに手錠のままの原告を座らせて加害車を進行させ、しかも進行中急停車をした過失があり、また警察の公用自動車は公の営造物と解すべきところ、前記ロープ等の積載方法はその設置または管理の瑕疵にあたるから、被告は国家賠償法一条、二条により原告の損害を賠償すべき責任がある。

第三  被告の主張

一  原告の主張第一項(一)の事実は認める。同(二)の事実中加害車が原告主張の場所で停車したことは認めるが、その余は否認する。同(三)の事実中原告の入院の点は認めるが、その余は否認する。

同第二項中、被告が加害車の運行供用者であることは争うが、その余の事実は認める。

二  関口巡査は、原告主張の場所において、約三〇メートルの距離をおいて、左側から横断しようとしている女性を認めたので、横断歩道の手前で一時停車すべく、ブレーキを踏み、約14.4メートル前進して停止した。

その際原告は、上体を進む方向に傾け、左腕の肘で自分の身体を支えるような状態となつたが、転倒するには至らず、また車体の部分に衝突し、負傷した様子もなく原告自身も「大丈夫だ」と答えている。そして、午後五時四〇分頃帰署し、何ら異状なく同署留置場内の房に入房し、平常と変らず夕食をすませ、午後八時頃就寝した。

ところが、原告は同日午後一一時五〇分頃、背中が痛むと訴えたので、翌一一日午前零時頃、署用自動車で館林厚生病院に連行し、当直医師の診察ならびに治療を受け、同日午前一〇時三〇分頃、同一二日午前九時三〇分頃同一四日午後二時頃、いずれも原告の申出により右病院において診療を受けさせたが、いずれの場合にも医師は外傷等の異常を認めなかつた。

以上のとおり、本件は交通事故とすら目すべきものではなく、原告は何ら傷害を蒙つていないので、原告の本訴請求は失当である。

三  関口巡査および田代巡査は群馬県警察館林警察署に勤務する警察官であり、県の事務(警察法第三六条)である護送および看守に従事していた者で、国の公権力の行使に当つていた公務員ではなく、また本件加害者は館林警察署長の管理使用にかかるものである。このことは代用監獄たる同署留置場に留置中の被疑者を検察官の取調べのため護送中であつても何ら異るところはない。従つて被告国は国家賠償法、自賠法上の責任を負わない。

第四  証拠関係〈略〉

理由

一原告の主張第一項(一)の事実および同(二)の事実中、原告主張の場所において加害車が停止したことは当事者間に争いがない。

二そこで、次にこれによる原告の受傷および損害発生の有無につき判断する。

〈証拠〉によると、関口巡査は加害車を運転して時速三〇粁位の速度で事故現場にさしかかつたが、進路前方の横断しようとする歩行者を認め、ブレーキを踏んで横断歩道手前に停止したこと、右制動はさほど急激なものではなく、原告の向い側に座つていた田代巡査は何ら異常な影響を受けなかつたが、原告な手錠をかけられていたためもあつて、身体の安定を失い、進行方向に横向きに倒れ込み、その際座席脇にある金属性パイプに背中が当つたことが認められる。そして〈証拠〉によれば、原告は背部打撲、右手腕部打撲の病名で事故当日から七月二一日までの間六回に亘り、館林厚生病院で診療を受けたことが認められる。以上の各認定を左右するに足りる証拠はない。

しかし一方、〈証拠〉によると、右各診療の際担当医師は、原告の主訴に基づき、レントゲン検査等の診察をしたが、他覚的には何ら異常を認めたことができず、単に本人の主訴により湿布治療をしたのみであつたことが認められる。原告本人は手の甲が皮がむけて血がにじんでいた旨供述するが、右各証拠及び証人関口、同田代の各証言に照らし、措信しえない。また原告が昭和四四年七月二七日から同月三〇日まで館林厚生病院に入院したことは当事者間に争はないが、これが本件事故に基因するものであることを認めるべき証拠はない。

右事実と前認定の事故の態様に照らすと、原告の主訴も、果して何人もそのように痛さを訴えるに足るものであつたかどうか疑わしいものというべく、他に証拠のない本件においては、原告が前認定の背部に対する打撃により傷害を受けたこと、即ち、身体の完全性を害され、もしくは生活機能を障害されたことを認める証拠が十分とはいえない。また仮に右の程度をもつて傷害というに値するとしても、その程度は極めて軽度であつて、前認定のとおりその原因となつた関口巡査の措置も公道を運転する運転手としてやむを得ない措置であることをも考慮するとき、これにより原告の受けた精神的苦痛が金銭をもつて慰藉されなければならないほどの傷害というに当らないと考えるべきである。

また前認定の七月二一日までの診療により原告が療養費を支出したと認めるべき証拠もない。

三よつてその余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(坂井芳雄 浜崎恭生 佐々木一彦)

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